8月最初の日曜、戸田直人(とだ・なおと)の郵便受けに夏祭りの進行表が入っていた。表紙には「例年どおり」とだけあり、裏面の片づけ欄は空白だった。開催まで19日。直人は会長を辞める理由が、また1つ丁寧な書式で届いたと思った。
桜庭澄江(さくらば・すみえ)は去年の箱を公民館へ運んだ。提灯の数、屋台の配置、出演者への謝礼まで揃っている。片づけ担当だけは毎年「役員一同」。その一同が誰だったか、記録にはない。
鈴木保(すずき・たもつ)は今年も同じ規模で行うべきだと言った。祭りは防災訓練と違い、縮めたら元へ戻せない。人が集まる理由を一度失えば、町内会は回覧板を回すだけになる。
直人は中止を提案した。反対を引き出すためではない。開催を当然としたまま仕事だけ募集すると、断れない人が空欄へ入る。まず何もしない案を1枚置き、何を残したいかを確かめる。
会議室が静かになったあと、澄江が笑った。「逃げる会長らしいわね」。直人は否定しなかった。逃げ道が見えない仕事は、最後に誰か1人を閉じ込める。
高梨芽衣(たかなし・めい)は祭りの地図へ赤い付箋を貼った。夜九時の片づけ時間、通学路の角へ自転車と屋台板が重なる。去年は高校生が片づけたと聞いたが、参加名簿に高校生の欄はなかった。
陳浩然(チェン・ハオラン)はパン屋の出店を申し込んでいた。しかし撤収説明は日本語の口頭会議だけで、開始時刻も「花火が終わり次第」。花火を見ない店員が、いつ片づけるのか分からない。
直人は祭りを6つへ分けた。飾り、飲食、舞台、子どもの遊び、防災案内、片づけ。開催賛成か反対かを聞かず、それぞれ何人、何分、いくら必要かを書いた。
計算すると、準備は延べ百二十時間、当日は百六十時間、片づけは九十四時間だった。去年の報告書には「運営40名」とあるが、片づけの実働は12名。数字の外に二百時間以上が隠れていた。
鈴木は昔は皆でやったと言った。澄江は去年、膝を痛めたまま提灯を外した。皆という言葉の中で、来なかった人は責められ、来た人の時間は数えられていない。
直人は三案を掲示した。全面中止。昼だけの小規模開催。例年規模。ただし、必要な担当が期限までに埋まらない案は自動的に一段小さくする。熱意ではなく、片づけまで含む人数で決める。
匿名フォームの最初の回答は「中止なら寂しい」だった。2つ目は「参加しないが、なくなるのは困る」。直人は矛盾として笑わず、観客として残したい人と、働ける人を別の欄にした。
3日で、観客希望は186人、当日手伝いは31人、片づけ可能は7人。例年規模に必要な片づけ人数は24人。祭りを望む数と、支える時間は同じ投票にならない。
商店街から、片づけ業者へ頼む案が出た。見積もりは十八万円。町内会費から出せばよいという声に、澄江が去年の支出台帳を開いた。用途確認のない十六万八千円が1件ある。
会議の空気が変わった。前年会計の名を尋ねる声が続いた。直人は支出を個人名から切り離し、領収書番号と確認状況だけを表示した。未確認を不正と決めず、今年の予算に使えるかを先に調べる。
未確認支出は、台風で中止した盆踊りの音響キャンセル料だった。請求書はあったが、会計担当が入院し、報告欄だけ空いた。誰かが持ち逃げした金ではない。ただし、説明を引き継ぐ手順がなかった。
鈴木は当時、担当者を責めないために「諸費」とまとめたと認めた。守ったつもりの省略が、翌年には疑いの種になる。直人は担当者名を公開せず、支出理由と確認資料を追記した。
今年の片づけ費を町内会費から出すには、祭りへ来ない世帯の理解も要る。芽衣は片づけを宴会の後始末ではなく、翌朝の通学路と避難路を戻す安全作業として図示した。
それでも全額を会費へ載せる案には反対が出た。直人は出店料、町内会費、寄付の3つへ分け、寄付額で安全作業を増減させないと決めた。足りなければ屋台数を減らす。安全の値段だけを最後に募らない。
昼だけの小規模案なら、提灯は半分、舞台は使わず、花火もない。片づけは業者4人と住民8人で90分。子どもの遊びと防災案内、商店の出店は残せる。
鈴木は花火のない祭りを祭りと呼べるかと尋ねた。陳は、自分の故郷では一緒に食べる日を祭りと呼ぶと答えた。どちらが正しいかではなく、残したい機能が違う。
直人は一週間交代のまとめ役を提案した。開催まで三週間、1人が全部を背負わず、第一週は申請、第二週は配置、第三週は当日確認。引継ぎは15分、途中で降りても次の人が続けられる表を使う。
最初の週へ澄江が手を挙げた。直人は止めた。いつもの有能な人が最初に埋めれば、他の人はまた観客になる。澄江は申請の相談役に回り、まとめ役は陳と、昨年参加できなかった育児中の住民が2人で担った。
申請書には押印欄があった。前話で副会長印を廃止したばかりなのに、市の様式は会長印を求める。直人は判子を押して済ませず、案件番号と2名確認で受理できるか窓口へ尋ねた。
市は今年だけの例外ではなく、電子申請の試行として認めた。小さな祭りへ縮めたことで、提出書類も減った。規模縮小は失ったものだけでなく、試せる変更を増やした。
第二週、出店希望が予定より九店多く届いた。以前なら全部受け、通路を狭くしていた。担当者は抽選を提案したが、芽衣は避難路幅と電源容量を先に示した。条件に合う六店を選び、残りは次回の優先受付へ回す。
出店条件の説明会は15分で終える予定だったが、油の処理方法だけで10分を使った。直人は会議を延ばさず、判断が必要な三店だけ翌日の短い相談へ分けた。全員を同じ長さで拘束することを、公平とは呼ばない。
翌日の相談には、調理をしない店まで来ようとした。直人は「心配だから参加」を断ってよいと案内した。議事録と決定だけを共有し、関係のない人が見守るために時間を差し出す慣習を減らした。
片づけ業者との契約には、住民が終わるまで業者も待機する条項があった。これでは作業を早く終えた専門職が、町内会の段取り不足を無償で待つ。終了条件を区域ごとの引渡しへ変え、終わった区域から帰れる契約に直した。
業者の責任者は、毎年「少しだけ手伝って」と追加作業を頼まれると話した。直人は追加を禁止せず、15分単位の料金表へした。親切に頼る部分を費用へ戻すと、予算内で何を減らすべきかが見えた。
子どもの遊び担当から、景品が前年の半分では寂しいという声が出た。澄江は倉庫から未開封の景品箱を2つ見つけたが、使用期限も購入記録もない。無料だから配るのではなく、安全確認できる物だけを使い、足りない分は遊びの回数を減らした。
芽衣は地図へ「帰れる出口」も描いた。担当中に家族から連絡が来た人、暑さで休みたい人が、責任者を探し回らず札を返せる場所だ。途中離脱が起きても作業が止まらないよう、各担当を2人以上にした。
直人自身の担当表は空白だった。会長だから全部の予備になるつもりだったが、澄江にそれは最も古い「役員一同」だと指摘された。直人は問い合わせ対応の30分枠を2回だけ選び、それ以外は緊急連絡先へ回った。
祭りの規模を縮める説明文には、「人手不足のため」という一文を使わなかった。足りない人を探す話に戻るからだ。「片づけまで90分で完了できる規模を選んだ」と、今回決めた基準を主語にした。
掲示後、中止反対の署名が27件届いた。だが計画は中止ではなく縮小だと説明すると、15人は署名を取り下げ、4人が短時間担当へ加わった。強い反対の中には、変更内容が届いていないだけの人もいた。
落選した店から不公平だと電話が来た。直人は担当者へ謝罪文を読ませず、基準、測定値、次回条件を自分の名で説明した。分担しても、苦情だけを新しい人へ渡してはいけない。
第三週のまとめ役は鈴木だった。彼は花火を戻そうとせず、代わりに防災放送の短い実演を提案した。午前6時ではなく、来場者が選んだ時刻に三種類の通知を聞き比べる。前に失った放送を、命令ではなく学びへ変えた。
祭り前日、台風の進路予報が町へ近づいた。全面中止の判断基準は風速と警報時刻で既に表へある。誰かが勇気を出して決めるのではなく、午後3時の測定で自動的に決まる。
測定値は中止基準の一歩手前だった。開催できる。しかし翌朝まで雨が続けば、芝生の撤収車両が入れない。片づけ業者は、屋台を舗装面だけへ移すなら契約を維持できると答えた。
出店配置を変えると二店減らす必要がある。直人は自分で選ばず、電源を使わない二店へ共同区画を提案した。陳はパンの種類を減らし、隣の花屋と1つのテントを使うことにした。
当日、祭りは午後2時に始まり、六時に終わった。花火も舞台もない。それでも子どもは防災カードを集め、住民は店先で話し、鈴木の放送実演には30人が残った。
6時15分、最初の片づけ札が裏返された。担当を終えた人は名前へ線を引き、次の作業を取らず帰ってよい。澄江は提灯を外そうとして、相談役の札を見て手を止めた。仕事を渡す練習は、手を出さない練習でもある。
7時40分、通学路の確認を芽衣が終えた。自転車も屋台板も残っていない。片づけ参加は住民9人、業者4人。終了予定より20分早い。翌朝へ持ち越した仕事は、濡れた旗の乾燥だけだった。
会計表には業者費十八万円と、住民作業十三時間半を両方記載した。無償だから零円とは書かない。次回その時間を頼めない場合、必要な予算が分かるようにする。
鈴木は小さくしたのに人が多かったと言った。直人は人数ではなく、途中で帰れた人が何人いたかを数えた。21人が担当終了後に残業せず帰っている。続けられる祭りの成果は、最後まで残った英雄の数ではない。
翌朝、直人の郵便受けに祭りの報告書が入った。表紙の「例年どおり」は消え、開催、縮小、中止の三案と判断日が並んでいる。裏面の片づけ欄には、人数、時間、予算、帰宅時刻が記されていた。
その下に、空き家の郵便受けから祭りの案内が17通戻ったという追記があった。配れなかった案内ではない。住んでいないはずの家のうち一軒だけ、翌朝には封筒がなくなっていた。次に直人が分ける仕事は、誰もいない家へ届け続けている連絡だった。
町内会長は、今日も逃げたい
5 / 9

コメント