律から送られてきた写真は、夜のレストランで撮られていた。
白い皿。細いグラス。窓の向こうに、雨でぼやけた街灯がいくつも滲んでいる。
写っているのは3人だった。
律。灯里(あかり)。周。
3人とも笑っていた。
けれど、その笑い方が少しずつ違っていた。
律は、笑う直前の顔をしている。誰かの言葉に反応して、まだ感情が追いついていない顔。灯里は完璧に笑っている。写真を撮られることを知っていて、いちばんきれいに見える角度を選んだ笑顔。周だけが、笑っているのに目を伏せていた。
そして、テーブルの端に置かれた水のグラスに、撮影者の手が小さく映っていた。
私の手だった。
爪の形でわかった。右手の薬指にある、小さな傷でもわかった。大学3年の冬、律の部屋で割ったグラスを片づけているときについた傷だ。
私は、その写真を撮っている。
けれど、その夜を知らない。
「いつの写真」
私は電話越しに聞いた。
律はすぐには答えなかった。沈黙の中で、彼が煙草を吸わなくなっていることに気づいた。昔なら、気まずい沈黙のたびにライターの音がした。
「たぶん、6年前」
「たぶん?」
「俺も覚えてないんだ」
嘘だと思った。
でも、律は嘘をつくときほど言葉を整える人だった。今の声は、整っていなかった。
「写真の裏に日付が書いてあった。6年前の11月23日」
私はカレンダーを思い出そうとした。
6年前の11月23日。
灯里の誕生日の翌日。律と別れる二週間前。周と初めて会った日の、3日前。
合わない。
その3人がその日に同じテーブルについているはずがない。少なくとも、私の記憶では。
「場所は」
「店名が写ってない。でも、窓の外に看板がある」
律が写真を拡大した画像を送ってきた。
雨に濡れたガラスの向こう、看板の一部だけが読める。
水曜日の海
私は息を止めた。
その店を、私は知っている。
行ったことはない。けれど知っている。
灯里が、周と婚約する前に一度だけ話していた店だ。
「水曜日の海っていう店、知ってる?」
あのとき灯里は、何でもない話のように聞いた。私は知らないと答えた。灯里は、そっか、とだけ言った。
それ以上、会話は続かなかった。
今ならわかる。
あの沈黙は、私が何かを覚えているかどうかを確認するためのものだった。
「私、そこに行ったのかな」
「写真を見る限りは」
「律は覚えてないの」
「覚えてない。でも、覚えてないことがあるって感覚だけはある」
律の声が少し低くなった。
「君と別れた日のことも、ずっとそうだった」
私は返事をしなかった。
律と別れた日、私は理由を言わなかった。言えば灯里を責めることになるから。灯里を守ったわけではない。自分が責められるのを避けたかっただけかもしれない。
電話の向こうで、律が言った。
「俺は、君にまだ怒ってると思ってた」
「違うの?」
「怒ってた。でも写真を見たら、怒り方がわからなくなった」
その言葉は、責めるよりもずっと痛かった。
私は3通目の招待状をもう一度開いた。
四人目の恋人様
本来なら新婦が座る場所に赤い丸。灯里の字で書かれた問い。
本当に私が花嫁でいいと思う?
その裏に、薄く鉛筆の跡があることに気づいた。
消しゴムで消された文字。紙を斜めにすると、かすかに読める。
写真の中で笑っていた人を、信じないで。
写真の中で笑っていた人。
律か。灯里か。周か。
それとも、グラスに映った私か。
インターホンが鳴った。
画面には、見覚えのある横顔が映っていた。
柏木周(かしわぎ・しゅう)。
灯里の婚約者。
彼はカメラに向かって、静かに言った。
「写真、届きましたよね。あの日のことを、思い出さないでください」
四人目の恋人
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