四人目の恋人 第11話:灯里が帰る場所

式場の自動扉が開いたとき、最初に聞こえたのは灯里(あかり)の「ただいま」だった。花嫁の声ではなかった。買い物から戻った人のように少し息が上がり、右手には白い靴、左手にはコンビニの透明な傘を持っていた。控室にいた私と律と周は、同時に立ち上がって、同時に何も言えなくなった。

灯里は濡れた前髪を耳にかけた。「怒る順番、決めてきた?」と笑おうとして、笑えなかった。周が一歩出たが、灯里は手のひらを上げた。「先に謝らないで。謝罪を最初に置くと、私が許すかどうかだけの話になるから」その言葉で、周の足が止まった。

私は机の上の指輪を見た。昨日まで、誰かを選ばなかった証拠に見えた指輪は、今は4人が勝手に意味を押しつけてきた小さな輪にしか見えなかった。律が椅子を1つ引く。灯里はそこへ座らず、壁際からもう一脚運んで、私たちと同じ円を作った。

「式はどうする」と律が聞いた。声に責める色はなかった。灯里は靴を床にそろえた。「中止って言葉も、決行って言葉も、今日は使いたくない。延期したい。逃げるためじゃなくて、4人で選び直すために」周は長く息を吐き、「わかった」とだけ言った。

その短い返事に、灯里は初めて周を見た。「私を守るって言って、私に知らせないことを増やしたね」周はうなずいた。「君が崩れると思った」「それは守ったんじゃない。私が崩れる権利まで取ったの」静かな声だった。それでも周は言い返さず、机に手を置いて、自分の震えを隠さなかった。

目次

選び直すための席

私たちは、誰からともなく携帯電話を伏せた。灯里は「水曜日の海」で起きたことを、自分の言葉で話し始めた。あの夜、4人は偶然集まったのではない。灯里が、それぞれ別の理由をつけて呼んだ。私と律の別れの理由を聞き、周が私と先に会っていたことを確かめ、全員が嘘をつく前の席へ戻したかったのだという。

「でも私は、途中で怖くなった」と灯里は言った。「本当のことを聞けば、誰かが悪者になって、私は被害者の席に座れると思った。でも、みんな少しずつ相手を守ろうとして、少しずつ相手の選択を奪ってた。私も同じだった」

律が私に向き直った。「別れの理由を、今日聞いていい?」私はすぐには答えなかった。胸の奥には、正しい文章に整えてからでなければ話してはいけないという癖が残っていた。「全部はまだ無理。でも、あなたが灯里を好きだと思い込んだのは、私が傷つく前に逃げるためだった」

「灯里を好きだったことはある」と律は言った。私は息を止めた。律は続けた。「でも恋人になりたかったんじゃない。君と話せないとき、灯里なら君の近くにいられることが羨ましかった。それを恋だと呼んだ方が簡単だった」灯里が目を伏せ、周は窓の外を見た。

灯里が戻るまでの30分、私は何度も式場の時計を見た。周はスタッフへ延期を伝える文面を作っては消し、律は招待客の連絡先を紙へ写していた。誰も、灯里が戻らなければどうするかを口にしなかった。戻ると信じたのではない。戻らない可能性を、また本人抜きで処理したくなかったのだ。

式場責任者が「体調不良ということでよろしいですか」と尋ねたとき、周は私たちを見た。以前なら、波風の立たない説明を1人で選んだはずだ。「本人が戻ってから決めます。今は、こちらの都合で延期とだけ伝えてください」。責任者が去ると、律は小さく「今のは守ったんじゃなく、待ったな」と言った。

灯里は招待客への言葉も自分で選んだ。「ごめんなさい、は書く。でも、ご心配をおかけしました、だけにはしない。心配させた私が悪くて、心配した人が正しい、みたいになるから」。便箋へ、私たちは結婚をやめたのではなく、今日決めることをやめました、と書いた。

周はその文章を読み、結婚をやめる可能性も含むのかと聞いた。灯里は「含むよ」と答えた。部屋の空気が張った。それでも周は便箋を返さず、最後まで読んだ。「含めたまま、待つ」。灯里は唇を結び、うなずいた。2人の関係は約束で元へ戻らず、選び直せる場所へ一歩だけ移った。

律は私に、写真を撮った夜のことをもう1つ話した。私は酔って記憶をなくしたのではなく、途中で店を出て、40分後に戻ったらしい。戻った私の手には現像袋があり、「これを見たら4人とも同じ嘘をつく」と言った。翌朝には袋も、その発言の記憶も消えていた。

「なぜ今まで言わなかったの」と私が聞くと、律は「君が忘れたがっていると思った」と答えた。善意の形をした決めつけだった。私は怒った。律は謝り、言い訳を続けなかった。怒れることは、関係が壊れる兆しではなく、ようやく関係の中に自分の席を作ることだと少しだけ思えた。

フィルム袋の受領印を携帯で拡大すると、店名の一部が読めた。大学前にあった写真店ではなく、式場の裏通りで今も営業する店だった。灯里が会ったカメラマンは、その店主の息子だという。彼は「父は5人を撮ったのではない。5人目を写真から消した」とだけ話した。

私たちは明日の部室へ4人で行くと決めた。誰か1人が思い出しても、その記憶をすぐ事実にしない。記録と照らし、違う記憶も残す。灯里は「今度は、正しい1人を作らない」と言った。指輪は机に置いたまま、四脚の椅子だけを出口へ向けた。

式場を出る前、灯里は白い靴を箱へ戻した。「捨てないの」と私が聞くと、「履くかどうかを今日決めない」と答えた。延期は答えを先延ばしにすることではない。急いで決めた答えから、自分たちの時間を取り戻すことだった。

簡単な名前をつけることで、複雑な気持ちを片づけていた。四人目の恋人という言葉も、そうだったのかもしれない。誰が誰の恋人だったかではなく、誰も引き受けなかった感情に、宛名だけを与えた。

5人目の影

灯里はバッグからネガフィルムの袋を出した。控室で見つけたものとは別だった。写真店の赤い受領印があり、受取人の欄だけが黒く塗られている。「5人目の影、撮影者じゃなかった。現像した人の影だった」

写真の端に伸びた影は、店の暗室で焼き増しするときについたものだった。袋の裏には鉛筆で、日付と枚数、それから「笑っている人を信じるな」と書かれていた。私はその文字を見て、指先が冷たくなった。警告の筆跡は灯里でも周でも律でもない。けれど、私の字に似ていた。

「私が書いたの?」声がかすれた。灯里は首を振る。「似てるけど違う。あなたは『人』の右側をもっと長く払う」律が袋を光へかざすと、黒く塗られた受取人の下に、筆圧の跡が浮いた。名前ではなく、数字が4つ並んでいた。

その数字は私たちが通っていた大学の写真部の部室番号だった。私は写真部ではない。灯里も、律も、周も違う。それなのに4人とも、その番号を知っていた。誰かに教えられた記憶だけが、そろって抜け落ちている。

周が顔を上げた。「式場のカメラマンが、同じ大学の出身です」灯里は驚かなかった。「だから今日、会いに行ってた。彼は何も話さなかった。でも、これを返してくれた」

袋から最後に出てきたのは、未投函の招待状だった。宛名は空白。中には式の日時ではなく、「あなたがいなかったことを、4人とも覚えていない」と印刷されている。下に手書きで、5人目へ、とあった。

私はその文字を見た。今度は似ているのではなかった。間違いなく私の筆跡だった。灯里が私の隣へ椅子を寄せる。「思い出すかどうかも、1人で決めなくていい」私はうなずき、招待状を裏返した。そこには、明日の午後3時、写真部室で、と私自身の字で書かれていた。

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四人目の恋人

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このシリーズの全話 16編
  1. 第1話:招待状は3通届いた
  2. 第2話:写真の中で笑っていた人
  3. 第3話:水曜日の海
  4. 第4話:笑っていた人を信じないで
  5. 第5話:親友だった人
  6. 第6話:来ないで、止めに来て
  7. 第7話:式場に先にいた人
  8. 第8話:祝辞を書いた人
  9. 第9話:花嫁のいない控室
  10. 第10話:誰も選ばなかった指輪
  11. 第11話:灯里が帰る場所
  12. 第12話:5人目への招待状
  13. 第13話:4人目ではなかった人
  14. 第14話:翌日の集合写真
  15. 第15話:シャッターを押した人
  16. 最終話:母に届かなかった写真
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この記事を書いた人

NEW MYTH編集室は、AIと共同で未来構想と物語連載をつくるための筆名です。長期連載ではシリーズごとに人物関係、伏線、未回収の謎を記録し、読者が続きを追える構成を重視しています。Future Visionsでは、AIの使い方そのものではなく、AIによって暮らしや仕事、家族、創作の選択肢がどう広がるかを扱います。

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