榊原志津は、紙の花を折り続けていた。
施設の窓際。白い机。折り紙の色は、赤と青だけ。真砂(まさご)が名乗っても、彼女は顔を上げなかった。
「誠一さんは、迎えに来ますか」
亡くなった夫の名前だった。
羽鳥ミカ(はとり・みか)は小さく首を振った。子どもと老人は標的にしない。それが彼女の線だ。
真砂は椅子に座った。「今日は、迎えに来る日ではありません」
嘘だった。だが、奪うための嘘ではない。志津の手が少しだけ止まり、また紙を折り始めた。
黒瀬(くろせ)の書類には、志津の同意を示す署名があった。もちろん彼女が内容を理解した署名ではない。
真砂はその署名を見て、父のことを思い出した。正直者のまま全てを失った父。守ろうとした誰かの名前。
志津は紙の花を1つ、真砂に渡した。「誠一さんに、庭がまだあると言って」
庭はもう、再開発予定地の中に入っている。
真砂はうなずいた。「言います」
ミカが外で言った。「今のは、救い?」
真砂は紙の花を見た。「救いに見える嘘だ」
その夜、黒瀬から届いた資料には、真砂の本名と、父の古い住所が並んでいた。
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嘘を売る人
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このシリーズの全話 24編
- 第1話:白紙の契約者
- 第2話:存在しない地主
- 第3話:紙の花を折る女
- 第4話:父の住所で待つ男
- 第5話:買い手を間違えた嘘
- 第6話:値段のない庭
- 第7話:黒瀬の寄付
- 第8話:悪役の領収書
- 第9話:嘘を買わなかった人
- 第10話:白紙に書かれた本名
- 第11話:嘘を売らない女
- 第12話:父が買わなかった真実
- 第2部第1話:未決済の買い手
- 第2部第2話:未来の領収書
- 第2部第3話:正直屋の開店日
- 第2部第4話:相棒を売った封筒
- 第2部第5話:2日目の値札
- 第2部第6話:値段のない上司
- 第2部第7話:空白の代替要員
- 第2部第8話:回答者の消えた面接票
- 第2部第9話:買われなかった署名
- 第2部第10話:父が断った依頼
- 第2部第11話:依頼人ではない代理人
- 第2部第12話:開店前の正直屋
