赤字の会議室と呼ばれる部屋があった。
壁紙が赤いわけではない。その部屋で報告された数字だけが、いつも黒字に変わるからだ。
栗原(くりはら)管理本部長は、資料を閉じる音だけで部下を黙らせる男だった。森脇より静かで、森脇より危険だった。
「榊さん。外部の方に社内の温度感はわからないでしょう」
真央はうなずいた。「はい。温度ではなく、差額を見ています」
菜々は末席で背筋を伸ばしていた。前回の謝罪文案のあと、彼女は初めて自分で入退室ログを印刷した。
栗原はその紙を見ない。見ないことで、存在しないことにしようとしている。
真央は会議資料の脚注を指した。売上見込み、調整、未確定、営業判断。3年前の粉飾資料にも同じ順番で並んでいた言葉だ。
まだ名前は出せない。過去の事件に直接触れれば、栗原は逃げる。
だから真央は、菜々へ視線だけを送った。
菜々は立ち上がった。「私は、領収書を提出しました。提出した時刻と場所を、ここで確認してください」
部屋が静かになった。小さな反撃だった。だが、赤字の会議室で初めて、数字ではなく声が消されずに残った。
栗原は笑った。「では、確認しましょう」
その笑顔を見て、真央は確信した。3年前も、この男は同じ顔で確認すると言った。確認とは、消すという意味だった。
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静かな帳簿
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