父の住所は、もう存在しないはずだった。
区画整理で消え、地図からも消え、真砂(まさご)の記憶からも消したはずの場所。そこに、黒瀬(くろせ)の使者は立っていた。
男は名刺を出さなかった。「黒瀬は、あなたを真砂悠介とは呼ばない」
「じゃあ何と」
男は、真砂の本名を言った。
羽鳥ミカ(はとり・みか)が一歩前に出る。真砂は止めた。怒ったほうが負ける場面だ。
男は続けた。「あなたの父は、昔、榊原志津の土地を守ろうとした。正直者でした」
真砂は笑った。「正直者は褒め言葉じゃない」
「黒瀬もそう言っています」
その一言で、真砂は理解した。黒瀬は父を知っているだけではない。父が失った理由を使って、真砂を動かそうとしている。
男は紙の花を1つ置いた。志津が折ったものと同じ形。
「嘘を売るなら、買い手を間違えないことです」
真砂は紙の花を踏まなかった。拾いもしなかった。
その中間に立つことが、いま一番危険だった。
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嘘を売る人
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このシリーズの全話 24編
- 第1話:白紙の契約者
- 第2話:存在しない地主
- 第3話:紙の花を折る女
- 第4話:父の住所で待つ男
- 第5話:買い手を間違えた嘘
- 第6話:値段のない庭
- 第7話:黒瀬の寄付
- 第8話:悪役の領収書
- 第9話:嘘を買わなかった人
- 第10話:白紙に書かれた本名
- 第11話:嘘を売らない女
- 第12話:父が買わなかった真実
- 第2部第1話:未決済の買い手
- 第2部第2話:未来の領収書
- 第2部第3話:正直屋の開店日
- 第2部第4話:相棒を売った封筒
- 第2部第5話:2日目の値札
- 第2部第6話:値段のない上司
- 第2部第7話:空白の代替要員
- 第2部第8話:回答者の消えた面接票
- 第2部第9話:買われなかった署名
- 第2部第10話:父が断った依頼
- 第2部第11話:依頼人ではない代理人
- 第2部第12話:開店前の正直屋
