依頼人は、誕生日を忘れた母親だった。
娘はもういない。22歳の春、事故で亡くなった。母親は葬儀のあと、娘の部屋で未開封の小さな箱を見つけた。
中には、安い10000年筆が入っていた。カードには「お母さんへ」とだけある。日付は、母親が忘れた娘の誕生日だった。
「あの子の誕生日なのに、私への贈り物を用意していたんです」
母親は泣かなかった。泣く資格がないと思っている人の顔だった。
奏は、娘のスマートフォンに残された買い物メモを確認した。10000年筆、青インク、便箋。最後に「誕生日、怒らない」と書かれている。
忘れられた側も、傷つかなかったわけではない。ただ、怒るより先に、許す準備をしていた。
奏は手紙を作らなかった。代わりに、カードの裏に残っていた筆圧を光で読み、消えかけた下書きを復元した。
「今年は、私の誕生日をお母さんにあげます」
母親はそこで初めて泣いた。
帰宅した奏は、母の封筒の日付を見た。自分の誕生日ではない。母の誕生日でもない。
それは、奏が母に最後に怒鳴った日の翌日だった。
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最後の手紙を、君が読む日
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このシリーズの全話 24編
- 第1話:声のない留守番電話
- 第2話:空の弁当箱
- 第3話:名前のない誕生日
- 第4話:青インクの消印
- 第5話:まだ早い手紙
- 第6話:好きな場所へ行きなさい
- 第7話:空席の指定席
- 第8話:母の声を知らない日
- 第9話:読まないでいた理由
- 第10話:頼みごとの封筒
- 第11話:同じ日付の依頼人
- 第12話:返事を持つ姉
- 第2部序章:3年後への配達
- 第2部第1話:先に届いた消印
- 第2部第2話:閉まる予定の事務所
- 第2部第3話:開く前の予約
- 第2部第4話:母が受け取った手紙
- 第2部第5話:第13箱の受取人
- 第2部第6話:十四番の空欄
- 第2部第7話:14年前の返送人
- 第2部第8話:亡き人への返事
- 第2部第9話:消えた第15箱
- 第2部第10話:頼みごとの封筒
- 第2部第11話:3年前の取消票
