まだ名前のない神話 第5話:神話になる前の編集会議

NEW MYTH Nameless Myth

朝倉澪(あさくら・みお)が目を覚ますと、机の上に会議資料が置かれていた。

表紙には、黒いインクでこう印字されている。

第3回 未成立神話編集会議

参加者欄には、澪の名前があった。

隣には、藤井(ふじい)の名前もある。

ただし藤井の名字の横には、括弧書きで別の言葉が添えられていた。

仮名。固定待ち。

澪は昨日の雨を思い出した。駅の表示から名前が消え、呼ばれなかった人だけが薄くなっていく雨。藤井は澪に呼ばれて戻った。戻ったはずだった。

けれど、名前はまだ仮のままだ。

スマートフォンが震えた。

差出人不明。

9時23分、五番線跡地。遅れると会議は始まっていたことになります。

おかしな文面だった。

遅れると、始まるのではない。

始まっていたことになる。

澪はコートを羽織り、資料を鞄に入れた。玄関を出る直前、廊下の鏡に映った自分を見て足を止める。

胸元に、名札がついていた。

朝倉澪。

その下に、小さな文字でこう書かれていた。

読者代表。

五番線跡地は、地図にはなかった。

駅には一番線から四番線までしかない。けれど澪が改札を通ると、いつもは壁になっている場所に、細い階段が現れていた。

階段の先には、会議室があった。

蛍光灯のない白い部屋。窓はない。中央に長机があり、椅子が十二脚並んでいる。壁には時計が3つかかっていた。

1つは現在時刻。

1つは昨日の時刻。

1つは、まだ針がついていなかった。

藤井は、先に座っていた。

澪を見ると、笑おうとして失敗したような顔をした。

「私、ここを知ってる気がする」

「思い出したの」

「違う。思い出したんじゃなくて、先に書かれてた感じ」

その言葉の意味を聞く前に、長机の向こう側に人影が増えた。

音もなく、椅子が埋まっていく。

白い手袋の女。

古いランドセルを背負った少年。

顔の輪郭だけがぼやけた老人。

そして、名札のない駅員。

澪は駅員を見て、少し安心しかけた。

けれど駅員は、首を横に振った。

「私は参加者ではありません」

「じゃあ、何なんですか」

「議事録です」

澪は言葉を失った。

駅員は椅子に座らず、壁際に立ったまま手帳を開いた。そこには、これから話されるはずの言葉が、すでに数行だけ書かれている。

白い手袋の女が口を開いた。

「朝倉澪さん。あなたは、目次を読んだ」

「送ったのはあなたですか」

「目次は送られるものではありません。届く形を選ぶだけです」

また、答えになっていない答えだった。

澪は鞄から資料を出した。

「これは何ですか」

女は表紙を見た。

「神話になる前の、候補です」

「神話って、昔話や伝説のことですよね」

「いいえ」

女は淡々と言った。

「誰かが何度も思い出すことで、現実より強くなる話のことです」

藤井が小さく息を吸った。

澪は、その定義が怖かった。

もしそうなら、藤井はまだ現実ではない。

何度も思い出されて、ようやく戻ってくる途中にいる。

「会議の議題は1つです」

白い手袋の女は、机の上に薄い紙を置いた。

そこには、3つの章題が並んでいる。

藤井を親友として固定する。

藤井を駅に返す。

藤井を、澪の過去にしない。

澪の喉が鳴った。

「選べってことですか」

「いいえ。読者代表は選びません」

「じゃあ、何をするんですか」

「選ばれなかった未来に、名前をつけます」

その瞬間、針のない時計が音を立てた。

藤井の名札の下に、新しい文字が浮かぶ。

朝倉澪が忘れた人。

澪は藤井を見た。

藤井は笑っていなかった。

泣いてもいなかった。

ただ、澪が何を思い出せないのかを、澪より先に知っている顔をしていた。

「澪」

藤井は言った。

「私を戻したら、あなたが忘れたことも戻るよ」

会議室の壁に、昨日までなかった扉が現れた。

扉の上には、次の議題が掲げられている。

第6話:忘れた約束を開ける鍵

名札のない駅員が、ようやく澪を見た。

「ここから先は、読むだけでは戻れません」

澪は資料を握りしめた。

読むことは、選ばなかった未来を殺すことでもある。

ならば、編集することは。

殺した未来に、墓標を立てることなのかもしれなかった。

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まだ名前のない神話

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このシリーズの全話 12編
  1. 第1話:目次だけが先に届く
  2. 第2話:選ばれなかった駅
  3. 第3話:雨の日に消える名前
  4. 第4話:未来を読んだ者の沈黙
  5. 第5話:神話になる前の編集会議
  6. 第6話:忘れた約束を開ける鍵
  7. 第7話:読まれなかった名札
  8. 第8話:2本目の傘
  9. 第9話:間違えられた名前
  10. 第10話:白い手袋の女
  11. 第11話:目次を閉じる日
  12. 最終話:まだ名前のない神話
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この記事を書いた人

NEW MYTH編集室は、AIと共同で未来構想と物語連載をつくるための筆名です。長期連載ではシリーズごとに人物関係、伏線、未回収の謎を記録し、読者が続きを追える構成を重視しています。Future Visionsでは、AIの使い方そのものではなく、AIによって暮らしや仕事、家族、創作の選択肢がどう広がるかを扱います。

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