継目室には1年分の値札が付いた。買い手が欲しいのは記録か、組織が互いを疑う瞬間か。朔は売却を拒むだけでなく、何が既に外へ流れ、何をまだ本人へ返せるかを分け始めた。
値札の送り主
朝比奈澪との面会記録を買うという最初の提案は、本人同意がないため成立しなかった。ところが2通目は、対象を継目室の内部監査記録すべてへ変えてきた。真壁朔(まかべ・さく)は画面を閉じず、金額、支払期限、救命資源の内訳を3つの欄へ分けた。高額だから怪しいのではない。誰が、何を、どの権限で売れると思っているのかが問題だった。
提示額は継目室の1年分の予算と一致したが、端数が八百四十一円だけ多い。御影芽衣(みかげ・めい)は、過去の空白救助票8241枚を連想した。だが似た数字を直ちに暗号と決めず、予算表の丸め方と送金側の計算規則を先に調べる。端数は、7年前の保冷倉庫の未払い電気料と一致した。売買の値札に見えた数字は、消された救命費の返済額でもあった。
3人の閲覧者
予算分類を閲覧できたのは瀬名環(せな・たまき)、久世遼(くぜ・りょう)、拘束中の榊原の3人だった。久世は自分を捜査から外すなと言い、端末と鍵を机へ置いた。環も同じように権限停止を申し出た。朔は2人を同時に止めなかった。救助回線まで失えば、疑いを晴らすために現場を危険へ置くことになる。閲覧、編集、送金、救助指揮を分離し、3人には別々の監査者を付けた。
榊原の端末は拘束後も一度だけ予算表を開いていた。本人の操作ではない。自動同期か、代理鍵か、押収担当の閲覧かを確かめる必要がある。時刻は21時3分、彼の逮捕後に救助回線を共同管理へ移した直後だった。逮捕が漏洩を止めたという前提が崩れる。裏切り者は身柄ではなく、役割の隙間を使っていた。
買われる範囲
提案文は「内部監査記録一式」と書く。しかし一式には、個人の避難先、病院の不足、現場担当者の異議、失敗した判断、未確定の疑いが混ざっている。朔は1つの金庫として扱うことをやめた。制度設計、会計、個人情報、進行中の救命、捜査証拠へ分け、誰が公開を決められるかを一覧にした。継目室自身が売れるのは会計と制度設計の一部だけで、他は本人か現場の同意が要る。
芽衣は公益通報として全部を公開する案を出さなかった。公開が正義に見えても、非通知で守られている人々の居場所を連鎖照合できる。代わりに、提案が届いた事実、金額、買い手が要求した分類名だけを公証人へ預けた。取引を隠さず、買われていない記録まで晒さない。
不足する薬
交換期限までに3つの診療所で薬が尽きるという条件は本物だった。地域から集めた保冷箱と輸送枠で半分は補えたが、残りは翌朝まで足りない。環は予備費を開き、来月予定していた監査訓練を延期する案へ署名した。組織の将来を守るために今夜の患者を値札へ載せてはならない。だが訓練を失えば次の事故が増える。その損失も隠さず記録した。
久世は国の備蓄を使えると言った。ただし申請には保護先の住所が必要だった。朔は住所を渡さず、必要量と受渡地点を三段階に分ける方式を提示した。国は数量だけを確認し、地域倉庫は移送時刻だけを知り、最後の配送は診療所が指名する。情報を一か所へ集めないまま、薬を届けられる。
売却の投票
継目室の規約では、存続に関わる資産売却は責任者1人で決められた。その責任者は環だった。環は署名欄を前にして手を止め、「私が正しく断れば済む規則こそ売られる」と言った。朔たちは即時判断が必要な範囲だけ三者投票へ移し、拒否票にも代替案を書く欄を設けた。反対する者が救命の遅れを他人へ押しつけないためだ。
投票結果は売却反対二、条件付き開示一。条件付き票は久世で、会計記録を匿名化して渡し、薬を確保する案だった。朔は少数意見を消さず、匿名化で本当に守れるか再識別試験へ回した。5つの時刻と1つの金額だけで診療所が特定できると分かり、今夜の開示には使えなかった。
八百四十一円
端数の未払い電気料を追うと、7年前の保冷倉庫は高城冬一(たかしろ・とういち)の財団が所有していた。支払いは事故当日に止まり、代わりに継目室の前身が同額を立て替えている。買い手は古い債務を知る者だ。だが高城本人の署名はない。請求書の宛名は「継目室設立準備室」で、正式設立より9日前の日付だった。
朔の記憶では、準備室という名を決めたのは事故後だ。芽衣が紙の繊維を調べると請求書自体は7年前のものだが、宛名だけ後から熱転写されていた。過去を予言した文書ではなく、現在の組織が昔から責任を負っていたように見せる改変だった。責任を引き受けることと、存在しなかった承認を作ることは違う。
売るための監査
外部監査席は、内部記録を商品として評価する作業を続ければ、それ自体が漏洩経路になると警告した。朔は査定を中止し、買い手が既に知っている情報だけを逆算する方式へ変えた。提案文に現れた分類名、端数、期限、三診療所という数。それぞれを知る役割は異なり、重なるのは夜間の資源調整表だけだった。
資源調整表には閲覧履歴が残らない。迅速な救命のため、当直全員が読める共有画面だった。犯人を1人へ絞る設計ではない。画面の写真、口頭伝達、印刷物のどれでも持ち出せる。朔は全員を拘束せず、今後の表から個人名と住所を外し、不足量と受渡条件だけを表示する改修を先に実施した。
榊原の3分
榊原の端末が開いた21時3分は、自動同期ではなかった。押収担当が証拠一覧を作るため起動し、画面を3分間表示していた。担当者は規則どおりだったが、室内の監視カメラが画面を撮影していた。防犯映像は外部業者のサーバーへ送られる。守るための記録が、救命情報を買い手へ渡す窓になった。
業者の担当者を直ちに犯人とは決めない。契約では映像解析を別会社へ再委託でき、保存先は二地域に分かれていた。久世は通信を遮断しようとしたが、朔は既存映像の消失を避けるため、送信を保全先へ切り替えた。証拠を残すことと漏洩を止めることを同時に行う。
買い手の返答
午前1時、買い手から3通目が届いた。「売らなくても、あなたたちは既に売った」。添付された静止画には資源調整表が映り、榊原の端末番号が見えた。買い手は内部者を装っていたが、実際には監視映像の流通経路を使っていた。疑われた3人のうち誰かを追放していれば、組織だけが弱り、経路は残った。
提案者は金銭で記録を買うことより、継目室が仲間を疑い、救助を止め、自分で秘密を公開することを期待していた。値札は取引条件ではなく、組織へ選ばせる罠だった。朔はその分析を勝利宣言にせず、映像に写った情報がどこまで拡散したかを確認するまで事故扱いを続けた。
失ったもの
薬は夜明け前に三診療所へ届いた。誰も交換提案へ応じなかったが、予備費の半分と来月の訓練日程を失った。環は「守れた」とだけ報告することを拒んだ。患者を守り、同時に組織の余力を減らした。次の1か月に何を縮小し、何を地域へ渡すかを公開会議で決める。
朝比奈の面会記録は許可期限を迎え、朔の端末から消えた。彼は写しを作らなかった。娘かもしれない人との時間を失う怖さがあっても、その怖さを保存権へ変えない。名前の控えではなく、本人が選んだ制度変更だけが監査番号として残った。
逃走経路
監視映像の再委託先を追うと、送信先は空席が使う公証網へ接続していた。ただし空席が盗んだ証拠ではない。高城の財団と防犯会社が同じ災害対策契約を結び、緊急時だけ映像を相互保存する仕組みだった。7年前の契約に、現在の継目室を売れる状態が埋め込まれていた。
契約を停止すれば、全国六地域の避難所映像も同時に失われる。朔は一括停止せず、救助に必要な低解像度映像と、文字を読める高解像度映像を分離した。前者は継続し、後者は地域ごとの同意まで凍結する。仕組みを壊して英雄になるより、必要な部分を残して責任を分ける。
継目室を持ち出す
環は、物理的な部屋を守っても契約と鍵が外部へ売られているなら、継目室という組織をここへ置き続けられないと言った。朔は解散ではなく、監査記録、救助回線、職員の雇用、現場の拒否権を別々の受け皿へ移す案を出した。1つの組織を丸ごと逃がせば、同じ単独権限を持ち運ぶだけになる。
移管準備中、警察回線へ朔の逮捕状が届いた。容疑は国家救命記録の窃取と売却。証拠欄には、彼が今夜作った分割表が添付されている。誰かが対策そのものを犯罪の計画書へ変えた。久世は投降を勧め、芽衣は公開を勧め、環は空席への退避路を示した。
裏切り者の選択
朔は無実を証明するために救命簿を警察へ渡さなかった。全面公開もしない。分割表の制度部分だけを公証し、個人記録と進行中の救助を携えて空席側へ移ると決めた。逃亡は潔白の演出ではない。証拠隠滅を避ける監査者を残し、持ち出す記録ごとに返却期限を付ける。
久世は逮捕状を執行せず、執行しなかった責任を自分の名で記録した。芽衣は朔を英雄として報じず、継目室が何を分け、何を失ったかだけを外へ出した。環は残って組織の縮小を引き受ける。3人は同じ側へ逃げなかった。別々の場所で同じ記録を守るためだった。
夜明け、朔は売られた非常口から継目室を出た。街頭画面には「国家を裏切った救命技師」と表示されている。空席から届いた案内には住所がなく、死者の町で使われる古い救助符号だけがあった。次の通信で、梢の声が初めて合成ではなく彼の名を呼んだ。「裏切り者の国へ、ようこそ」。
残す鍵
移管する鍵は複製せず、用途ごとに新しく発行した。医療搬送の鍵は診療所が、異議保全の鍵は外部監査席が、会計の鍵は地域代表が持つ。朔の持つ鍵には閲覧機能を付けず、期限内に返却されたかだけを確認できるようにした。逃げる本人が最も多くを読める状態では、分散は形だけになる。
古い主鍵は破壊しなかった。無効化した時刻、使えなくした機能、過去に承認した処理を検証するため封印した。責任を終わらせるために鍵を消すのではなく、再使用できない証拠として残す。封印箱は警察、監査席、継目室の三者が別々の番号で管理した。
報告されない成功
三診療所から到着確認が届いたが、患者名も治療結果も書かれていなかった。必要量が予定時刻までに届き、受取側が継続を選んだという三項目だけだ。朔たちは救った人数を広報へ使わない。人数を示せば、分散した診療所の規模と場所を推測できる。
芽衣は記事の見出しを「継目室、売却を阻止」から「救命記録の値段を決める権利は誰にあるか」へ変えた。勝者を置かず、今回止められなかった映像流出と、翌月失う訓練も同じ本文へ載せる。成功だけを切り出せば、次の買い手へもっと高い値札を教えることになる。
別々の別れ
環は朔へ戻る期限を尋ねなかった。代わりに持ち出し記録の最初の再確認日を7日後に設定した。朔が捕まっても連絡できなくても、期限が来れば閲覧権限は止まり、各保管者が継続か返却を決める。個人の生還へ制度を依存させない。
久世は非常口まで同行し、逮捕状の写しを渡した。そこに友情の証明や逃亡の許可を書き足さない。執行を保留した理由、救助への影響、証拠保全の担当者を事務的に記録した。別れを美談にせず、後で誰でも久世の判断を問い直せる形にすることが、2人の最後の協力だった。
7日後の席
朔が去った後の指揮席には誰も座らなかった。空席のままにせず、救助、監査、対外説明の3枚の札を別の机へ置き、当直ごとに担当を復唱する。緊急時にも1人が3枚を持てない規則を、その夜から試した。
最初の復唱で、対外説明担当は逮捕状について答えられないと記録した。分からないことを沈黙で隠さず、確認先と次の更新時刻を示す。朔を守るための嘘も、国家へ迎合する断定も使わない。
7日後に戻るのは朔とは限らない。持ち出した記録の権限だけが必ず戻り、本人が不在なら次の保管者へ渡る。その約束を確認してから、環は非常口の鍵を内側から閉めた。
売れなかった値段
翌朝、提示額は送金口座から消えた。しかし取引が消えたわけではない。誰がいくらで組織を揺らせると見積もったか、誰の薬不足が交渉材料にされたかは残る。環は金額を機密に戻さず、個人を特定できない範囲で監査議題へ載せた。値札を剥がすだけでは、次も同じ品として扱われるからだ。売れなかった判断にも、公開して問い直す責任が残った。
停電した査定室
買い手の3通目を保全していた査定室だけが、午前1時7分に停電した。建物全体の電圧は落ちていない。机の下の分電盤で、記録端末と監視カメラが同じ回路へまとめられていた。便利な一括停止は、守る機器と消してはいけない証拠を同時に落とす。
朔は予備電源へ戻す前に、何を再起動するか読み上げた。医療連絡、時刻証明、受信記録を先に戻し、監視映像の外部送信は隔離する。全部を急いで復旧すれば、漏洩経路も一緒に生き返る。7分後、必要な機能だけが動き、消えた時間は監査表へ残った。
買い手の患者
送金口座の名義は、7年前に死亡扱いとなった人物の支援法人だった。だからといって被保護者が買い手とは限らない。法人は休眠中で、銀行の自動維持手続きだけが続いていた。口座を使った者は、死者の名義が照合を通りやすいことを知っている。
口座を凍結すれば生活支援まで止まる可能性がある。環は売買に使われた出金機能だけを止め、定期支払いと本人の再確認窓口を残した。捜査のため制度利用者全員を罰しない。銀行には名義の真偽でなく、今回使われた端末と認証方式だけを照会した。
異議を出した当直
看護連絡員の小田切紗季(おだぎり・さき)が、分割表そのものへ異議を出した。情報を細かく分ければ安全になる一方、緊急時に必要な全体像を誰も持てなくなる。彼女は昨冬、別々の病名として扱われた3つの症状を結びつけ、搬送を間に合わせた経験があった。
朔は異議を妨害として処理せず、緊急統合の手順を追加した。2人の医療担当が必要性を復唱し、閲覧時間を15分へ限定し、終了後に誰が何を見たか本人へ通知する。通知で危険が増す場合は外部監査席へ保留理由を残す。小田切は賛成でなく試験実施へ署名した。
空席からの訂正票
空席の公証網から、7年前の請求書に対する訂正票が届いた。準備室の宛名を後から加えたのは空席ではなく、当時の官房危機管理班だった。事故後に責任主体がないことを恐れ、将来作る組織へ過去の支払いをまとめたという。善意の整理が、存在しない承認と無期限の権限を作った。
訂正票には担当者名がなく、作業を命じた会議の録音番号があった。朔は録音の全面開示を求めず、宛名変更を誰が提案し、誰が異議を出し、どの期限で見直す予定だったかだけを照会した。過去の全会話を暴かなければ責任を確認できない仕組みから離れる。
救助班の分岐
薬の配送を終えた救助班では、朔と行く者、継目室へ残る者、地域へ戻る者に意見が分かれた。朔は同行者を募らなかった。自分と来ることを忠誠の証明にすれば、組織を分けた意味が消える。各自は担当、情報権限、家族との生活を確認し、翌朝までに所属を選び直す。
2人だけが空席側との連絡役を希望したが、同じ車には乗せなかった。1人は公開情報だけを持ち、もう1人は救助手順だけを持つ。合流地点は外部監査席が必要時に指定する。捕まった1人から全経路が出ない設計は、不信ではなく同行者を守る条件だった。
朔の弁明
警察は朔へ10分間の音声弁明を許可した。彼は逮捕状の誤りを並べる代わりに、持ち出した記録の種類、期限、保管者、返却条件を読み上げた。無実かどうかは後で争える。しかし記録が消えれば、保護されている人々は後から選び直せない。
最後に、逃走を正当な命令とは呼ばなかった。逮捕に応じなかった責任を引き受け、救命記録を自己弁護へ使わず、7日後の監査へ本人が不在でも資料を返す。通信後、久世は音声を証拠番号へ登録した。友人の潔白証明でなく、問い直せる約束として残した。
第2部の終端
継目室へ入った時、朔は内部から真相を見れば責任の所在へ近づけると思っていた。三十の案件を経て分かったのは、内部という1つの場所は存在しないことだった。救助する者、記録する者、疑う者、支払う者、拒む者が重なり、その重なりを1つの部屋と呼んでいただけだ。
だから朔が持ち出したのは継目室そのものではない。誰にも売れない個人の選択と、誰でも検証できる制度の失敗を分けた束だった。部屋に残った環たちは仕事を地域へ減らしていく。空席へ向かう朔は、外側と呼んで見えなくしていた人々の判断を受け取る。
街頭画面の罪名は消えなかった。朔は立ち止まって説明しない。説明のため人を危険へ戻さない。最初の乗換駅で返却期限付きの鍵を1つ手放した。受け取った子どもは名字を名乗らず、「ここでは死者の名前を勝手に呼ばない」と告げた。
監査訓練の代わり
予備費を使ったため延期される監査訓練について、環は単に来月へ移さなかった。費用を使わず実施できる机上確認、地域ごとに分けられる実地項目、専門機材が必要で延期する項目へ分けた。今夜の救命を理由に未来の安全を全部諦めず、できない範囲だけを明確にする。
小田切は診療所側から参加し、今回の薬不足と情報分割を訓練課題に変えた。ただし実際の患者記録は使わず、量と時間を変えた架空事例にする。経験を学びへ戻す時にも、本人の危機を教材として所有しない。
延期費用と代替訓練の不足は、売却拒否の成功報告とは別紙にした。後日、判断を評価する者が良い結果だけを見ないようにするためだ。環は自分の署名の横へ、次の担当者が反対理由を書ける余白を残した。
家族へ届かない報道
芽衣の記事が公開される直前、編集部は朔の家族へ取材確認を求めた。芽衣は止めた。家族である可能性自体が保護情報であり、本人たちは連絡を望んでいない。公人の疑惑を報じることと、関係者へ説明責任を代行させることは違う。
記事には朝比奈の名も梢の生存確認も出さず、警察発表だけをそのまま載せなかった。「個人記録を含む」とし、管理期限と外部監査の存在を併記する。警察と朔のどちらを信じるかではなく、後から検証できる差を読者へ渡した。
公開後の反応は裏切り者、英雄、誘拐犯、告発者へ割れた。芽衣は呼び名を成果にせず、誤って個人名が書かれた投稿の訂正依頼を優先した。物語を大きくするほど、まだ選べない人の名前が狭くなる。
境界駅
空席の符号が示した境界駅には改札が2つあった。公的記録へ時刻を残す出口と、保護網の内部時刻だけを残す通路。朔は追跡を避けるため後者へ走らず、公的改札で自分の通過だけを記録した。同行者や行先は残さない。逃亡の事実を消さず、他人の避難先を巻き込まない。
改札員は逮捕状を見て通報しようとしたが、同時表示された救助鍵の返却期限へ気づいた。朔は協力を求めず、警察連絡と鍵の受渡しを別の担当へ頼むよう説明した。改札員は通報を止めず、子どもへの鍵渡しだけを先に完了させた。法執行と救命を同じボタンにしない判断だった。
列車が到着した時、朔は自分が助かったとは思わなかった。追跡は続き、継目室の信用は崩れ、薬の不足も再び起こる。それでも今夜売られなかった記録には、7日後もう一度選べる余地がある。その余地だけを持って、彼は死者の町へ向かった。
車内の復唱
発車後、車内放送が朔の指名手配を読み上げた。向かいの乗客は画面と彼の顔を見比べたが、何も尋ねなかった。朔は沈黙を味方の合図だと決めつけない。次の停車駅、非常通報の位置、返却鍵の期限を自分で復唱した。誰かの善意へ逃走を預けず、途中で状況が変われば降りる。空席へ着くことより、選び直せる移動を守る最後の手順だった。到着時刻はまだ、誰の記録にも確定していなかった。その余白を残した。
裏切り者の救命簿
30 / 69
このシリーズの全話 69編
- 第1話:死者から届いた避難命令
- 第2話:明日死ぬ男の事情聴取
- 第3話:7分間だけ消えた町
- 第4話:救助されたことのない生存者
- 第5話:空白の避難地図
- 第6話:妻の声は本人ではない
- 第7話:記者が売った証言
- 第8話:継目室の裏切り者
- 第9話:容疑者を先に救え
- 第10話:八千二百四十一の空席
- 第11話:妻が生きている映像
- 第12話:空席への突入
- 第13話:指導者のいない組織
- 第14話:被害者が作った仕組み
- 第15話:承認者は真壁朔
- 第16話:署名した記憶がない
- 第17話:1人多い救助班
- 第18話:閉鎖病院の稼働記録
- 第19話:拒否された訂正番号
- 第20話:守られた死亡届
- 第21話:帰国便の到着時刻
- 第22話:7年前の開始条件
- 第23話:死亡前の移管先
- 第24話:第0号の起動者
- 第25話:2つ目の死亡時刻
- 第26話:味方を逮捕する日
- 第27話:公開できない救命
- 第28話:家族に知らせない生存
- 第29話:娘が選んだ名字
- 第30話:継目室を売る値段
- 第31話:死者の町へようこそ
- 第32話:到着時刻の死亡札
- 第33話:空欄の2人
- 第34話:搬送されなかった患者
- 第35話:7分後の裏切り者
- 第36話:3人目の真壁朔
- 第37話:芽衣の告発
- 第38話:久世が撃たなかった理由
- 第39話:強硬派の投票
- 第40話:国を止める鍵
- 第41話:死者の反対票
- 第42話:七通の死亡時刻
- 第43話:生存者の死亡診断書
- 第44話:生きている者の反対票
- 第45話:鍵を捨てる裁定
- 第46話:被害者はいなかった
- 第47話:被害届を出せない生存者
- 第48話:同意を書き足した人
- 第49話:開かれなかった審議
- 第50話:未来の名前を知る封筒
- 第51話:同行者の面談
- 第52話:受け取られた理由書
- 第53話:二人分の同意番号
- 第54話:正義を分けた七分
- 第55話:朔を守った改ざん
- 第56話:北側連絡路の担架
- 第57話:空席の当番
- 第58話:届かなかった停止札
- 第59話:動いた窓口の受取人
- 第60話:自分で押したボタン
- 第61話:五つの救命案
- 第62話:味方だけの会議はしない
- 第63話:届かなかった異議の立会人
- 第64話:梢と環の共同声明
- 第65話:消えた二人目の受取先
- 第66話:本人へ戻せ
- 第67話:保留を配布に変えた机
- 第68話:空白の引継署名
- 第69話:戻るはずだった先
裏切り者の救命簿
30 / 74
このシリーズの全話 74編
- 第1話:死者から届いた避難命令
- 第2話:明日死ぬ男の事情聴取
- 第3話:7分間だけ消えた町
- 第4話:救助されたことのない生存者
- 第5話:空白の避難地図
- 第6話:妻の声は本人ではない
- 第7話:記者が売った証言
- 第8話:継目室の裏切り者
- 第9話:容疑者を先に救え
- 第10話:八千二百四十一の空席
- 第11話:妻が生きている映像
- 第12話:空席への突入
- 第13話:指導者のいない組織
- 第14話:被害者が作った仕組み
- 第15話:承認者は真壁朔
- 第16話:署名した記憶がない
- 第17話:1人多い救助班
- 第18話:閉鎖病院の稼働記録
- 第19話:拒否された訂正番号
- 第20話:守られた死亡届
- 第21話:帰国便の到着時刻
- 第22話:7年前の開始条件
- 第23話:死亡前の移管先
- 第24話:第0号の起動者
- 第25話:2つ目の死亡時刻
- 第26話:味方を逮捕する日
- 第27話:公開できない救命
- 第28話:家族に知らせない生存
- 第29話:娘が選んだ名字
- 第30話:継目室を売る値段
- 第31話:死者の町へようこそ
- 第32話:到着時刻の死亡札
- 第33話:空欄の2人
- 第34話:搬送されなかった患者
- 第35話:7分後の裏切り者
- 第36話:3人目の真壁朔
- 第37話:芽衣の告発
- 第38話:久世が撃たなかった理由
- 第39話:強硬派の投票
- 第40話:国を止める鍵
- 第41話:死者の反対票
- 第42話:七通の死亡時刻
- 第43話:生存者の死亡診断書
- 第44話:生きている者の反対票
- 第45話:鍵を捨てる裁定
- 第46話:被害者はいなかった
- 第47話:被害届を出せない生存者
- 第48話:同意を書き足した人
- 第49話:開かれなかった審議
- 第50話:未来の名前を知る封筒
- 第51話:同行者の面談
- 第52話:受け取られた理由書
- 第53話:二人分の同意番号
- 第54話:正義を分けた七分
- 第55話:朔を守った改ざん
- 第56話:北側連絡路の担架
- 第57話:空席の当番
- 第58話:届かなかった停止札
- 第59話:動いた窓口の受取人
- 第60話:自分で押したボタン
- 第61話:五つの救命案
- 第62話:味方だけの会議はしない
- 第63話:届かなかった異議の立会人
- 第64話:梢と環の共同声明
- 第65話:消えた二人目の受取先
- 第66話:本人へ戻せ
- 第67話:保留を配布に変えた机
- 第68話:空白の引継署名
- 第69話:戻るはずだった先
- 第70話:消えた席の返事
- 第71話:返事を待たない代替席
- 第72話:裏口の返送先
- 第73話:届かなかった通知
- 第74話:丸印の臨時連絡員
裏切り者の救命簿
30 / 74
このシリーズの全話 74編
- 第1話:死者から届いた避難命令
- 第2話:明日死ぬ男の事情聴取
- 第3話:7分間だけ消えた町
- 第4話:救助されたことのない生存者
- 第5話:空白の避難地図
- 第6話:妻の声は本人ではない
- 第7話:記者が売った証言
- 第8話:継目室の裏切り者
- 第9話:容疑者を先に救え
- 第10話:八千二百四十一の空席
- 第11話:妻が生きている映像
- 第12話:空席への突入
- 第13話:指導者のいない組織
- 第14話:被害者が作った仕組み
- 第15話:承認者は真壁朔
- 第16話:署名した記憶がない
- 第17話:1人多い救助班
- 第18話:閉鎖病院の稼働記録
- 第19話:拒否された訂正番号
- 第20話:守られた死亡届
- 第21話:帰国便の到着時刻
- 第22話:7年前の開始条件
- 第23話:死亡前の移管先
- 第24話:第0号の起動者
- 第25話:2つ目の死亡時刻
- 第26話:味方を逮捕する日
- 第27話:公開できない救命
- 第28話:家族に知らせない生存
- 第29話:娘が選んだ名字
- 第30話:継目室を売る値段
- 第31話:死者の町へようこそ
- 第32話:到着時刻の死亡札
- 第33話:空欄の2人
- 第34話:搬送されなかった患者
- 第35話:7分後の裏切り者
- 第36話:3人目の真壁朔
- 第37話:芽衣の告発
- 第38話:久世が撃たなかった理由
- 第39話:強硬派の投票
- 第40話:国を止める鍵
- 第41話:死者の反対票
- 第42話:七通の死亡時刻
- 第43話:生存者の死亡診断書
- 第44話:生きている者の反対票
- 第45話:鍵を捨てる裁定
- 第46話:被害者はいなかった
- 第47話:被害届を出せない生存者
- 第48話:同意を書き足した人
- 第49話:開かれなかった審議
- 第50話:未来の名前を知る封筒
- 第51話:同行者の面談
- 第52話:受け取られた理由書
- 第53話:二人分の同意番号
- 第54話:正義を分けた七分
- 第55話:朔を守った改ざん
- 第56話:北側連絡路の担架
- 第57話:空席の当番
- 第58話:届かなかった停止札
- 第59話:動いた窓口の受取人
- 第60話:自分で押したボタン
- 第61話:五つの救命案
- 第62話:味方だけの会議はしない
- 第63話:届かなかった異議の立会人
- 第64話:梢と環の共同声明
- 第65話:消えた二人目の受取先
- 第66話:本人へ戻せ
- 第67話:保留を配布に変えた机
- 第68話:空白の引継署名
- 第69話:戻るはずだった先
- 第70話:消えた席の返事
- 第71話:返事を待たない代替席
- 第72話:裏口の返送先
- 第73話:届かなかった通知
- 第74話:丸印の臨時連絡員
裏切り者の救命簿
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このシリーズの全話 74編
- 第1話:死者から届いた避難命令
- 第2話:明日死ぬ男の事情聴取
- 第3話:7分間だけ消えた町
- 第4話:救助されたことのない生存者
- 第5話:空白の避難地図
- 第6話:妻の声は本人ではない
- 第7話:記者が売った証言
- 第8話:継目室の裏切り者
- 第9話:容疑者を先に救え
- 第10話:八千二百四十一の空席
- 第11話:妻が生きている映像
- 第12話:空席への突入
- 第13話:指導者のいない組織
- 第14話:被害者が作った仕組み
- 第15話:承認者は真壁朔
- 第16話:署名した記憶がない
- 第17話:1人多い救助班
- 第18話:閉鎖病院の稼働記録
- 第19話:拒否された訂正番号
- 第20話:守られた死亡届
- 第21話:帰国便の到着時刻
- 第22話:7年前の開始条件
- 第23話:死亡前の移管先
- 第24話:第0号の起動者
- 第25話:2つ目の死亡時刻
- 第26話:味方を逮捕する日
- 第27話:公開できない救命
- 第28話:家族に知らせない生存
- 第29話:娘が選んだ名字
- 第30話:継目室を売る値段
- 第31話:死者の町へようこそ
- 第32話:到着時刻の死亡札
- 第33話:空欄の2人
- 第34話:搬送されなかった患者
- 第35話:7分後の裏切り者
- 第36話:3人目の真壁朔
- 第37話:芽衣の告発
- 第38話:久世が撃たなかった理由
- 第39話:強硬派の投票
- 第40話:国を止める鍵
- 第41話:死者の反対票
- 第42話:七通の死亡時刻
- 第43話:生存者の死亡診断書
- 第44話:生きている者の反対票
- 第45話:鍵を捨てる裁定
- 第46話:被害者はいなかった
- 第47話:被害届を出せない生存者
- 第48話:同意を書き足した人
- 第49話:開かれなかった審議
- 第50話:未来の名前を知る封筒
- 第51話:同行者の面談
- 第52話:受け取られた理由書
- 第53話:二人分の同意番号
- 第54話:正義を分けた七分
- 第55話:朔を守った改ざん
- 第56話:北側連絡路の担架
- 第57話:空席の当番
- 第58話:届かなかった停止札
- 第59話:動いた窓口の受取人
- 第60話:自分で押したボタン
- 第61話:五つの救命案
- 第62話:味方だけの会議はしない
- 第63話:届かなかった異議の立会人
- 第64話:梢と環の共同声明
- 第65話:消えた二人目の受取先
- 第66話:本人へ戻せ
- 第67話:保留を配布に変えた机
- 第68話:空白の引継署名
- 第69話:戻るはずだった先
- 第70話:消えた席の返事
- 第71話:返事を待たない代替席
- 第72話:裏口の返送先
- 第73話:届かなかった通知
- 第74話:丸印の臨時連絡員

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